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  左上,反熱帯分布するササノハベラ属の1種(ホシササノハベラ)

左下,日本在来系統の存在が明らかとなったコイ

右上,科内の分類体系に大規模な再編が行われたテンジクダイ科の1種(オオスジイシモチ)

右下,摂食行動によりサンゴ礁の維持に貢献するブダイ科の1種(ナンヨウブダイ)
 
 

 

東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門
(分子海洋生物学分野)

 

分子系統学的な手法を主に用いて、魚類の進化・生態に関する以下の4つの問題に挑戦しています。

1) 固有種の多い日本の沿岸魚類相は、どのような過程を経て形成されてきたのか?

日本の沿岸域で普通に見られる魚種は、ほとんどがこの地域(東アジア沿岸を含む)の固有種です。興味深いことに、それぞれの種について「親戚」を探すと、赤道熱帯域を隔てた南半球の温帯域や太平洋を隔てた北米沿岸の温帯域など、地理的に遠くはなれた海域に近縁種が分布する例がかなりあります。このような魚種によって構成されている東アジア沿岸の魚類相は、地球規模のダイナミックな海域間の交流を経て形成されてきたと考えられますが、構成種の歴史的な移動の方向やその時期などその多くはまだ不明です。そこで、各固有種について近縁種との系統関係を分子データに基づいて推定し、それを束ねることによって交流の全体像を描き出そうとしています。これまでの代表的な成果としては、ササノハベラの仲間が南半球の温帯域に起源を持つことを明らかにしたことがあげられますが(論文11)、現在はカゴカキダイに注目し解析を進めています。また、この問題と関連する課題として小笠原諸島の固有種の起源にも興味を持っており、その一つオビシメは、南日本沿岸域に生息する温帯性の固有種アオブダイと近縁であることを最近明らかにしました(論文40)。

2) コイの日本固有系統は、なぜ琵琶湖でのみ高頻度で残存しているのか?

これのまでの研究で、日本には、ユーラシア大陸のコイとはミトコンドリア (mt) DNAの塩基配列で明瞭に区別できるコイが生息していること(論文13, 16)、しかし、国内の多くの自然水域では外国から導入された系統が優占していること(論文20)、ただし、琵琶湖の深部から採集されるコイからは例外的に高頻度で日本在来系統のmtDNAが検出されること(論文28)を明らかにしてきました。琵琶湖深部のコイは、核マーカー(論文33)の解析結果からみても日本在来系統の残存集団として保全上重要であることが判明していますが、なぜ琵琶湖の深部では比較的純粋な在来系統が残存できているのかは不明です。その要因を知る手始めとして、現在、在来系統と導入系統の外部・内部形態の違いや、琵琶湖における両者の産卵生態の違い、生息場所や遊泳行動の違いを研究しています。標本をベースにした形態の解析は、神奈川県立生命の星・地球博物館の瀬能宏先生と、生息場所や遊泳行動の違いは、東京大学大気海洋研究所の佐藤克文先生との共同研究です。産卵生態の調査では、調査地としている長浜市尾上町の湖北野鳥センターに、遊泳行動の調査では、朝日漁協の松岡正富さんにご協力いただいています。また、以上の在来コイの研究と平行して、ニシキゴイの起源についても、東京大学東洋文化研究所の菅豊先生と共同で調査を進めています[論文(査読有り) 37; 論文(査読無し) 2]。

3) 様々な体表模様をもつサンゴ礁魚類は、どのように多様化してきたのか?

サンゴ礁には様々な体表模様を持つ魚類が生息しています。どのようにこの多様性が生じてきたのか? その系統発生的パターンに興味を持ち研究を始めました。具体的には、縦縞・横縞等を基調とする様々な体表模様を持つテンジクダイ科魚類の分類体系に疑問を持ったのが研究のきっかけです。このグループはサンゴ礁性魚類の中でも種類の多さでは5本の指に入る大きな科(> 250種)ですが、骨学的解析にもとづく従来の分類体系では、100種以上が単一の属、テンジクダイ属に含まれていました。この属の中には縦縞を基調とする種、横縞を基調とする種、顕著な模様のない種が含まれていましたが、属内の系統関係を分子系統解析で調べたところ模様の基本パターンごとに単系統群としてまとまることが判明しました(論文15)。その後、さらに別の属も解析に加えて科全体を網羅する大規模な解析を行ったところ、テンジクダイ属に含まれていた種は、別属も含めて体表模様の基本パターンごとに別れることがわかりました。この結果は、多様な体表模様は、基本パターンの変奏曲を作ることによって生じてきたことを示しています。また、従来の分類体系を大きく見直す必要性をも示しています。そこで、これまでの分類体系の基礎となる骨学的研究を行ったThomas Fraser 博士と共同研究を行い、分子データにもとづく系統関係を基礎に、形態学的特徴も十分加味した上で、本科の新しい分類体系を提唱しました(論文42)。今後は、別のサンゴ礁性魚類についても体表模様に注目した系統・進化学的研究を行おうと考えています。

4) 熱帯サンゴ礁域に生息するブダイ科魚類は、大量の石灰質(サンゴ骨格)とともに摂食される餌をどのような機構で消化するのか?

サンゴ礁に生息するブダイ科魚類は、死んだサンゴの骨格に生えている微小な藻類や付随するデトリタスを、骨格ごと齧りとって生活しています。結果としてブダイ科魚類は、サンゴ骨格を構成する石灰質の物質循環に寄与するだけでなく、サンゴにとっては光を巡る競争者になりうる藻類が成長するのを防ぐとともに、サンゴの幼生が付着する足場を整える効果までもたらして、サンゴ礁の維持・再生に大きく貢献していると考えられています。ブダイ類がこのような効果を発揮できるのは、大量の石灰質とともに摂食される餌を首尾よく消化できる機構を持つためですが、その詳細はわかっていません。ブダイ類には胃が無く、また、排泄される白い糞には細かく砕かれたサンゴ骨格の細粒が大量に含まれているので、強い酸性環境は消化プロセスの中に入っていないと考えられます。この少し特殊な消化メカニズムを解明する手始めとして、まずは腸内細菌叢に注目して解析を進めています。ブダイ科魚類のサンプル収集には西海区水研(石垣)の名波敦さんにご協力いただいています。