研究内容/新里

新里宙也のプロフィール

1.造礁サンゴの全ゲノム解析

1)世界初のサンゴゲノム解読

造礁サンゴはれっきとした動物で、クラゲやイソギンチャクの仲間、「刺胞動物」という仲間に分類されます。生物学的には不明な点が未だ数多くあるサンゴ、その生物学的研究を加速推進するために、造礁サンゴの一種、コユビミドリイシ(Acropora digitifera)の全ゲノム解読を、次世代シーケンサーを用いて行いました。

2)サンゴゲノムから分かったこと

ゲノム情報を解析した結果、(1)化石から予想されたよりも現生サンゴの起源は古いこと、(2)白化に弱いミドリイシ属は、アミノ酸の一種(システイン)の生合成に必要な酵素を持たず、褐虫藻に依存している可能性があること、(3)サンゴ自身が紫外線吸収物質を合成できること、(4)複雑な自然免疫系の遺伝子を持つこと、(5)サンゴ特有の石灰化遺伝子が多数あること、などが明らかになりました。

3)サンゴの謎に遺伝子解析でアプローチする

サンゴは水中に炭酸カルシウムからなる骨格を形し、海中に複雑で巨大な構造物であるサンゴ礁が形成されます。 サンゴはどのようなメカニズムで骨格を形成しているのでしょうか。そしてそれは環境変動によってどのような影響を受けるのでしょうか。初夏の満月前後にサンゴの一斉産卵が観察されますが、どのように同調して産卵しているのでしょうか。そして多様な形態、生理学的特徴を持つサンゴは、多様な環境にどのように適応・進化してきたのでしょうか。

様々なサンゴのゲノム情報から、多様な海洋生物を育むサンゴという生物を統合的に理解するための研究を進めています。

2.「サンゴホロビオント」丸ごと解析

1)褐虫藻の全ゲノム解読

サンゴの細胞の中には光合成を行う微細藻類、褐虫藻(かっちゅうそう)が共生しています。サンゴは栄養の大部分を褐虫藻に依存しており、一方褐虫藻もサンゴという住処を得ていて、いわば相利共生関係にあるとされています。私たちは褐虫藻の一種(Symbiodinium minutum)の全ゲノム解読を行いました。

褐虫藻ゲノムを解読した結果、真核生物とバクテリアなどの原核生物の両方のタイプの遺伝子ファミリーを数多く持つことや、ゲノム上で遺伝子の多くが同じ向きに並んでいることなど、これまでに報告されたことがない驚くべきゲノム構造を持つことが明らかになりました。このような特殊な褐虫藻のゲノムが共生というライフスタイルにどのような影響を与えたのか、それとも共生が特殊なゲノム構造を産み出したのか、研究を進めています。

2)サンゴの丸ごと解析

刺胞動物であるサンゴと細胞内の共生藻類(褐虫藻)、バクテリアなどが密接な相利共生関係を築き、いわゆる「サンゴ」という生物が成立しています。付着あるいは共生する微生物も含めて、あたかも一つの生物のように振る舞う様々な生命体を、まとめて「ホロビオント」という言葉で形容されます。サンゴ礁生態系はまさにホロビオントの賜物です。サンゴと褐虫藻両方のゲノム情報を利用して、サンゴホロビオントを同時にまとめて解析し、共生メカニズムやその維持機構について研究しています。

3. 海洋生物の保全遺伝学的研究

1)南西諸島周辺のサンゴの集団構造の解析

地球規模での環境変動などの影響により、生存が脅かされているサンゴ礁。その保護のためには、まず自然のサンゴ礁がどういう状態なのか、地域内や地域間でのサンゴ集団の交流や、遺伝的多様性の正確な情報を把握する必要があります。我々はゲノム情報を活用し、 一塩基多型 (Single Nucleotide Polymorphisms, SNP)やマイクロサテライトといった遺伝子マーカーを用いて、南西諸島全域のサンゴの集団解析を行っています。

2)多種多様なサンゴ種に幅広く使用できるDNA鑑定技術の開発

生物多様性豊かなサンゴ礁には、多様な種のサンゴが存在しています。できるだけ自然状態に近づけたサンゴ礁の保全・再生の実現のためには、多様なサンゴ種の個体識別と遺伝的多様性の調査が欠かせません。

ミドリイシサンゴは100種以上が報告されている、インド洋から太平洋で最もポピュラーで種が多いサンゴの仲間です。基本的にDNA鑑定技術は開発した特定の生物種にしか使えませんが、サンゴのゲノム情報を有効利用し、数多くのミドリイシサンゴに広く使えることが期待される技術を開発しました。これにより、多様な種のサンゴの個体識別と遺伝的多様性の調査、様々な種の集団遺伝学的研究が可能になりました。

3)環境DNAによる海洋生物モニタリング手法の開発

現在進行形で刻々と状況が変化するサンゴ礁生態系は、きめ細かなモニタリングが極めて重要です。サンゴ礁生態系のモニタリングは主に潜水作業により行われ、さらにサンゴの種判別に骨格の微細構造の観察が必要となるなど、かなりの熟練を要します。そのため、サンゴ礁を広範囲に渡って正確かつ効率的モニタリングする技術が切望されています。

環境DNAとは、土壌や水中など環境中に存在するDNAの総称であり、近年では水圏を含めた様々な生態学的調査に用いられています。我々は海水中に存在するサンゴと褐虫藻の環境DNAに注目し、海水を汲むだけでサンゴと褐虫藻の同時検出を可能にする、簡単かつ精細なサンゴ礁生態系の新たなモニタリング手法の開発にも取り組んでいます。